ケニア TUSK Safaricom Marathon 2012 6/28

朝5:00 ルームサービスの朝食の配膳により起床。ベーコンとソーセージのサンドイッチと2種類のフルーツジュース。相部屋のNさん曰く、本国イギリスでは今ではあまり見られなくなった伝統的な英国式Breakfastは旧植民地だったアフリカやインドに、このようなスタイルでかろうじて残っているとのこと。風邪を引いても食欲がなくなることのない僕の胃は、昨晩の酒もなんのその、朝からしっかり完食。ごちそうさまでした!

6:00にエントランスに集合してバスに乗りWilson Airportに向かう。Wilson Airportからセスナ機に乗ってLewa Wildlife Conservancy(Lewa野生動物保護区)に乗り入れる。

セスナ機に乗るのはこれが初めて。狭い機内に乗り込むと女性の機長のあいさつがはじまる。そして前方のプロペラがブルブルと回り始めると、ジャンボジェット機では味わえないワクワク感が襲ってくる。

離陸直後から動画撮影しようとしたら、いきなりの機器のトラブル。不良なセクターができてしまったmicroSDでは、空き容量があってもそれ以上書き込みができなくなってしまった。急いで別のカードに差し替え何とか撮影できた映像はこちら。雲がすぐそばに感じられる。

一時間ほどのフライトで、いよいよLewa空港に着陸。空港といっても野っぱらの草を払っただけの土の滑走路ですけど。

Lewa Wildlife Conservancyの場所はこちら。

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Lewa空港の脇に生えていたウィスリング・アカシアというトゲトゲの植物。この植物の実は丸くて真ん中に穴が空いていて、風が吹くと口笛を吹いたような音がなるので、その名がついたとドライバーのJosephが説明してくれた。このトゲ触ってみると結構硬い。刺さったら痛そう。この辺りにはこのトゲトゲが沢山生えている。何万年もの間動物たちに食べられて続けると、植物のほうでも自己防衛のためトゲを生やすようになるんだと感じた。

ここからは、Lewa空港に待機していたドライバーの車に乗り、マサイ族直営のMaridadi Campに移動。

そこはマラソン会場の直ぐ近くで大会までの3日間をこのキャンプで過ごす。キャンプまでのサファリ・クルーズを小一時間楽しんで昼過ぎに、目的地のMaridadi Campに到着。

テントに泊まるなんて小学生の頃の林間学校以来かもしれない。なんとなく気分が盛り上がってくる。

このテント、中はTwinで僕のテントは同僚のKenさんと同じ54番。実は54番テントは傾斜のある面に立てられているため、ベッドもテーブルも斜めに傾いている。外出時はしっかりとジッパーを閉めないとサルがジッパーを開けて中に進入し、物を持ち去ってしまうのでくれぐれも気をつけるよう説明を受けた。ここは赤道直下で日中は非常に暑くなるので水分補給は欠かせない。1テントにつき毎日2本の水ペットボトルが支給されることになっている。

荷物を降ろしたら早速食堂でランチ。この真っ赤な装いは、、、なんとマサイの男がバイトしている。

食事はすべてバイキング。ケニアだしアウトドアだしゲテモノが出たりするのかと思いきや、お肉にサラダにフルーツとより取り見取りの品揃えで、しかもおいしい!おかわり2回、思わず食べ過ぎてしまう。

青空レストランのテーブルを囲んでみんなでランチ。食後に一休みしてからTUSKの活動を見学しにいく。

14:00 Charlie(紺のポロシャツを着ている人↓)を中心に活動しているTUSKの活動の一環を紹介してくれるとのことで、到着したのはこのRugusu Primary Schoolという小学校。TUSK Trustは2011-2012にLewa Education Programを通じてこの学校に教室、職員室、キッチン、食堂、水周りの整備を支援した。

我々が到着すると、それまで校庭で遊んでいた子供たちが集まって「ジャンボ」と挨拶。この小学校には現在230人程の生徒が通っている。子供たちの表情がなんとも素直で感銘を受ける。

子供たちが歌と踊りで歓迎してくれた。アフリカ人はやはりリズム感もノリもいいね。

低学年のクラスの授業風景。この日は外国人の我々が訪問しているため子供たちはかなりテンションがあがっていて落ち着きがない様子だった。

高学年のクラスは少しアカデミックで、我々と質疑応答の時間を設けてもらった。我々がどのような仕事をしているのか、彼らは将来どのような仕事につきたいのかなど。医者やパイロットという高い目標を聞かせてもらった。Asset ManagerやITっていうのはさすがになかったけど。

この日はもう一校となりのNtunbaniスクールにも訪問した。見るからにこちらのスクールは貧しい。Lewa Education Programからの寄付金の振分けがまだこちらのスクールにはあまり届いていないそうである。

教室内の設備もRugusuと比べてかなり劣る。でも子供たちの目の輝きはRugusuの生徒と引けをとらないことに感銘を受けた。

16:30 Maridadi Campに戻り、マラソン大会に向けての調整のため、トレーニング・ラン。4km程の距離だが気になっている右ひざの痛みが再発して、ビリから3番目でゴール。本番前に不安を残す形になった。
Campに戻り着替えて、夕暮れのGame Driveへ出発。

サファリに降りる夕暮れもまた乙なもの。時間帯によって出会える動物が異なるためこのようなスケジュールを組んである。

この日は英国王室のウィリアム王子とケイト妃にゆかりのあるWedding Hillという丘に車を止めて軽食。丘から沈む夕日を眺めながらTUSKERで乾杯。バイト中のマサイ君もここまで来てくれた。こんな贅沢も世の中にはあるんだねー。しかしサファリは日が暮れると急に冷える。とてもTシャツじゃいられない。

19:00 真っ暗なサファリの中を車を走らせCampに戻り、夕食をとり過密スケジュールの第2日を終えた。

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ケニア TUSK Safaricom Marathon 2012 6/26 – 27

6/30に催されるTUSK Safaricom Marathon 2012に出走するため、ケニアに行ってきた。
アフリカ旅行は今回が初めて。現在お仕事をさせてもらっている企業がイギリスに本部のあるTUSKという自然環境保全団体のスポンサーとなっている関係で、このような機会を得ることが出来た。
ケニアに入国するには各種予防接種が必要とのことで、僕も破傷風、A型肝炎、黄熱病予防接種を4月頃から受け始めた。

6/26 21:20のEtihad航空にて、Abu Dhabi(UAE)を経由してNairobi(Kenya)に向かった。


成田からAbu Dhabiまで10時間強のフライトとなったが、石油ジャブジャブUAE国営航空Etihadの機内は充実していて、映画のモニターだけでなくUSB, LANポート、コンセントが座席に搭載されていて充電可能。もちろん僕はiPhoneを充電しつつ映画三昧。
Chronicles, Time Machine, J Edgar, John Carterと立て続けに観ていたが、最後のJohn Carterのクライマックスの前でトランジットのAbu Dhabiに到着。ここで6時間待ち。

イスラム教文化圏のAbu Dhabiでは悪の元凶の酒は飲めないかなぁと危惧していたけど、ビールをGetできた。USD$11と高めだけど背に腹は代えられない。

6時間をAbu Dhabi空港内のベンチで仮眠して過ごし、9:30(現地時間)にNairobi行きの便に搭乗した。機内映画が観れるようになるやいなやJohn Carterを探してクライマックスまで早送り、最後まで見ることができた。その後Hugoを観ていたら、1:30(現地時間)Nairobi空港に到着。空港では、別便で来ていたメンバーと合流して、用意されていた車に乗り込み、一路今夜の宿Norfolk Hotelに向かう。道が込んでいてなかなか進まない。空港からホテルまで15分と聞いていたのに、結局1時間ほど掛かってしまった。ホテルに着いたの頃には3時を回っていた。カウンターで全員のCheckInをしようとすると全員分の予約が入っていないという。あわててTravel Agentに支払ったInvoiceを見せ支払いが済んでいることを確認してもらった。

CheckInして部屋に案内されたのは3:40。ここから最初の予定、Nyumbani Houseへ訪問するため、16:00にホテルのエントランスに集合してタクシーで向かった。Nyumbani Houseは孤児院で、親に捨てられたり、両親がHIV患者で自身も生まれつきHIVに感染している子供たちをケアする民間施設。ここに会社でみんなに寄付してもらった衣類や文房具を寄付しにいく。

16:30頃に施設に到着。院長のシスターメアリーと面会して日本から持ってきた衣類や文房具を手渡しした。


シスターメアリーがこの施設の始まりとこれまでの活動実績を説明してくれ、今まで集まった寄付金でできたものを紹介してくれた。ソーラーパネル、子供たちの住むエリアのリフォームなどに寄付金が当てられていることを知った。

一通り見学を終えて、Nyumbani Houseを後にしてNorfolk Hotelに戻り、ホテルのレストランで夕食。ケニアにはTUSKERという地ビールがあってみんなでそれを注文して乾杯し、初日を無事に終えたことを祝った。

TUSKERでお酒モードに入ってしまったHさんと僕は、食後に旅の疲れも癒えぬままホテルのバーで飲み直し。現地の酒を味わいたく、「ケニアならではのお酒は何ですか?」とバーのホールスタッフに聞いたところ、「ダワ」というカクテルを勧めてくれた。ダワとはスワヒリ語で『薬』という意味だそう。サトウキビとRamのカクテル。Hさんと2,3杯飲みながらケニアの印象や今回のサファリ・マラソンについての意気込みを語らいつつ、初日を終えた。

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青蔵鉄道で行くチベットの旅 9/24 ツェタン

8:00 ツェタンにあるヨンブ・ラカンに向かう。
ヨンブ・ラカンはチベット最初の王宮。7世紀にポタラ宮が出来て王宮が移されるまでは、ここが王宮だった。小高い山の頂上にたたずむ寺は朝日に照らされ輝いていた。

山道を登る際、馬を借りることができた。もちろん自分の足で歩くことはできたが、せっかくの機会なので馬に乗ってみることにした。20元で小柄な黒い馬が用意された。実は馬に乗るのはこれがはじめて。

寺に到着。

ヨンブ・ラカンは標高3760m、澄んだ空気の中、朝霧が遠くに見える。この村は漢民族の侵攻を受けず、ずっとこうして1000年の時を過ごしてきた。

ヨンブ・ラカン寺院の内部を見学後、裏手にある丘に行ってみた。ここにはみんながお馴染みのカラフルな旗を奉納する。丘の上から寺を見下ろすと、なるほど、よく旅行のパンフレットに載っている景色になった。

1時間ほどのヨンブ・ラカン見学後、昌珠寺へ。この寺が今回の旅の最後の寺院見学となる。

昌珠寺の本堂の脇にバターランプを作る小屋があり、暗闇の中おばちゃんたちがバターを溶かしているのを見学した。はじめは珍しかったバターランプも、この頃になるとバターが沸き立つ臭いが鼻をつき、もう勘弁してくれという気持ちになる。

昌珠寺の本堂に入ると、曼荼羅を描いている絵師がいた。暗い作業場で緻密な作業。観光客にバシバシ写真を撮られながらも作業に集中。すばらしい出来栄え。

本堂の壁画もこのようにして描かれたのだろう。

昌珠寺の目玉は2300年前に作られたという真珠のタンカ(掛け軸)。2300年前というと日本はまだ弥生時代の頃だろうか。その時代にこの地ではすでに仏教文化が栄えていた。

11:30 バスでラサに戻る。ラサ空港の近くのローカル・レストランで遅めのランチ。これまで現地では比較的高価なレストランで中華料理のコースランチが主だったため(それはそれで美味しかったが)、この土地の人がどのようなものを食べているのか見てみたいと思っていたので、最後に味わうことができた。

ベトナム料理のPhoのような麺は鶏ガラベースの出汁。これはいける!

そして、ひき肉の入ったおやき。あー、こういうの大好きー!!最後に食べられてよかった。

ラサ空港に到着し、ずっと行ってみたいと思っていたチベットともいよいよお別れのとき。チェックインカウンターに荷物を預け、最後のお土産ショッピング。店員さんにクッキーやチョコレートのようなものはないかと尋ねても、英語がまったく通じない。クーキーはあきらめて店内を見回していると、チベットらしい素敵なお土産が。。もちろん買わなかったけど。

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青蔵鉄道で行くチベットの旅 9/23 ツェタン

8:00 剛堅拉薩飯店(Lhasa Gang-Gyan Hotel)を後にし、バスに乗り込み一路ツェタンへ。途中チベット仏教建築の最高傑作として名高いサムエ寺に向かう。約3時間のバス移動でヤルツァンポ川(海抜3600メ―トル)に到着。ここからボートに乗り込みサムエ寺のある川の対岸へ。ヤルツァンポ川はヒマラヤ山脈を迂回し、インドに出て、ブラマフトラ川となり、ガンジス川となって、やがてベンガル湾に流れ出るという。

僕らのツアーメンバーも2隻のボートに乗り込み出発。富士山8合目程の標高を流れる川だけあって、空気が澄んでいるため遠くまで見渡せる。この空の青さは魂を浄化してくれそうな気さえする。


約40分程のクルーズで対岸についた。

ここから小型バスに乗り換え、チベット仏教建築の最高傑作として名高いサムエ寺へ向かう。バスから見える風景はチベット民族の家並み。こんなところにも人々は逞しく生活している。

サムエ寺はソンツェンガンポ王が1300年前に建てた寺院で仏塔の配置が曼荼羅の形態に配置されている。

寺院内にはこのような仏塔が東西南北に配置されていて、それぞれ内部に階段があり登ることができる。それぞれの意味するところはガイドに説明してもらったが覚えていない。

へポリの丘からその地上曼荼羅を眺めることができるということで、早速移動。へポリの丘の麓から登り15分ほどで山の中腹の開けた場所に到着。たったこれだけの高さの丘を登るのにも高所のため息が切れる。ここから眺めると寺院の周囲の外壁などの配置がよく見える。

16:00 下山して再びバスに乗り込み船着場に戻る。高所のためか、日差しの強さのためか頭痛がする。痛みを堪えながら船着場に戻ると、まだ帰りのボートが10分遅れで到着。元来た対岸へ移動し観光バスに乗り換えツェタンのホテルに向かう。

19:00 予定通りTSEDANG HOTELに到着。夕飯はまた中華。

ラサビールを15元で追加オーダー。食後に街に出て土産ものを買いに行ってみたが21:00頃には街中の店が閉店していて何も買えなかった。しかも雨に降られる。ホテルに戻ると旅行のメンバーがホテルのバーで飲んでいたので私も参加させてもらった。

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青蔵鉄道で行くチベットの旅 9/22 拉薩

9/22 5:30のモーニングコールで起きる。今日は午前中にラサ市内から90kmにあるチベット4大聖湖の一つ、ヤムデュク湖(標高4490m)に向かう。6:00にF1の食堂で朝食をとり、6:30にバスに乗り込んで出発。明け方で外はまだ肌寒い。これから標高の高いところへ向かうので寒さ対策のため厚着した。バスが動き出し市外へ向かう。商店街のなかに偽アップルショップを発見したが写真とれず。

車中で寝てしまったようで、起きると大分田舎まで来ていた。窓からはチベットの山村の風景が見える。こんなところによく人が住めるものだ。どのような暮らしをしてるのか興味が沸くところだ。

ヤムデュク湖までバスで4時間の予定。一本道の田舎道を進むバス、、と突然バスが停車した。ガイドさんが「ここでトイレ休憩をとります。」っと。周りを見ても建物なんてない。「青空トイレになります。男性はバスを降りて左側前方の林、女性は右側後方の畑でお願いします。」 チベット旅行の際は各自トイレットペーパー持参することをお忘れなく。

バスは進み右手に川が見えてきた。向こうには明け方の空に山脈が見える。ニンチンカンサ山(7206m)だ。 石川遼似のチベット人現地ガイド、ツェルンさんが、「あれは、ニンチンカンサ。」と説明してくれていたが、私はずっとニンチンカン山(サン)だと思っていた。
遠くに頭だけ見える雪を頂いた山がニンチンカンサ。

バスはいよいよカンパ・ラ峠を登り始めた。ヘアピンカーブを登り、ヤクが道路を塞いでいるのをクラクションで警戒しながらどんどん登っていく。

9:00 予定より早く目的地ヤムデュク湖に到着。現地語で「トルコ石の湖」という名前が示すとおり、真っ青な湖。

パノラマ写真はこちら

写真を撮っていると、シャンシャンシャンシャンと鈴の音が近づいてくる。観光客向けのヤクが3頭やってきて、崖のふちで撮影していたツアーメイトに体当たりしてきた。危うく崖に落ちそうにだった。この崖のふちはどうやらヤクたちの定位置らしく、そこに誰がいようとお構いなし。人がいるからと躊躇して別の場所に止まるときっとオーナーに叩かれてしまうのだろう。この地に生きるヤクの宿命。
ここでの記念撮影では観光用のヤクが写真に写ってしまうとオーナーから10元払えとしつこく付きまとわれる。でも10元払うとヤクの背中に乗せてくれ、オーナーの帽子まで被せてくれるサービスがついてくる。

15分程度の滞在を終え、再びバスに乗り込みカンパ・ラ峠を下り、ラサ市内に戻って聖地ポタラ宮に向かう。峠を下るバスが路肩にある小屋の前で停車した。運転手が外に降り小屋の主人にホースを借りてバスのタイヤに水をかけ始めた。モクモクと煙が上がり始め車中で待機していた我々の中でも不安でざわめき始める。下り坂でブレーキを掛け過ぎブレーキが熱くなってしまったようだ。モクモク上がる煙は水蒸気だった。

前輪、後輪ともホースで水を掛け再出発。まだまだ下り坂が続くのに水をかけたブレーキで利きが悪くなるんじゃ危険だと思うのは、安全な国日本に住む我々だけのようで、そんな心配をよそにバスは進み続け、昼過ぎにラサ市内に戻ってきた。

ラサでの本日のランチは中華。またです。今日のメニューには、”鶏の開き、半身”がついてきた。一切れつまむと骨ばっていて食べにくい。食べにくいからか、グロいからか、みんな手をつけたがらない。理由はおそらく後者だろう。

13:10 いよいよチベットのシンボル、ポタラ宮を見学。
[Wikipediaより]
13階建て、基部からの総高117m、建築面積にして1万3000㎡という、単体としては世界でも最大級の建築である。宮殿の中の壁画、霊塔、彫刻、塑像など、全体として芸術の宝庫であり、またチベット仏教及びチベットの在来政権における中心的な役割を果たしている。なお、ポタラの名は観音菩薩の住むとされる補陀落のサンスクリット語名「ポタラカ」に由来する。(略)

ポタラ宮の本殿までは300段の石段を登らなければならない。標高3700mで300段は結構きつい。休み休み登らないと、すぐに息があがってしまう。高地にいるんだと実感する。

本殿に到着。ここでもセキュリティチェック。本殿の入り口に下がっている黒い垂れ幕はすべてヤクの毛で編まれている。

15:00 大照寺(ジョカン)へ。大照寺に八角街の中心にある寺。今はお坊さんが60人程住んでいる。

壁画は年季がはいっている。

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