青蔵鉄道で行くチベットの旅 9/24 ツェタン

8:00 ツェタンにあるヨンブ・ラカンに向かう。
ヨンブ・ラカンはチベット最初の王宮。7世紀にポタラ宮が出来て王宮が移されるまでは、ここが王宮だった。小高い山の頂上にたたずむ寺は朝日に照らされ輝いていた。

山道を登る際、馬を借りることができた。もちろん自分の足で歩くことはできたが、せっかくの機会なので馬に乗ってみることにした。20元で小柄な黒い馬が用意された。実は馬に乗るのはこれがはじめて。

寺に到着。

ヨンブ・ラカンは標高3760m、澄んだ空気の中、朝霧が遠くに見える。この村は漢民族の侵攻を受けず、ずっとこうして1000年の時を過ごしてきた。

ヨンブ・ラカン寺院の内部を見学後、裏手にある丘に行ってみた。ここにはみんながお馴染みのカラフルな旗を奉納する。丘の上から寺を見下ろすと、なるほど、よく旅行のパンフレットに載っている景色になった。

1時間ほどのヨンブ・ラカン見学後、昌珠寺へ。この寺が今回の旅の最後の寺院見学となる。

昌珠寺の本堂の脇にバターランプを作る小屋があり、暗闇の中おばちゃんたちがバターを溶かしているのを見学した。はじめは珍しかったバターランプも、この頃になるとバターが沸き立つ臭いが鼻をつき、もう勘弁してくれという気持ちになる。

昌珠寺の本堂に入ると、曼荼羅を描いている絵師がいた。暗い作業場で緻密な作業。観光客にバシバシ写真を撮られながらも作業に集中。すばらしい出来栄え。

本堂の壁画もこのようにして描かれたのだろう。

昌珠寺の目玉は2300年前に作られたという真珠のタンカ(掛け軸)。2300年前というと日本はまだ弥生時代の頃だろうか。その時代にこの地ではすでに仏教文化が栄えていた。

11:30 バスでラサに戻る。ラサ空港の近くのローカル・レストランで遅めのランチ。これまで現地では比較的高価なレストランで中華料理のコースランチが主だったため(それはそれで美味しかったが)、この土地の人がどのようなものを食べているのか見てみたいと思っていたので、最後に味わうことができた。

ベトナム料理のPhoのような麺は鶏ガラベースの出汁。これはいける!

そして、ひき肉の入ったおやき。あー、こういうの大好きー!!最後に食べられてよかった。

ラサ空港に到着し、ずっと行ってみたいと思っていたチベットともいよいよお別れのとき。チェックインカウンターに荷物を預け、最後のお土産ショッピング。店員さんにクッキーやチョコレートのようなものはないかと尋ねても、英語がまったく通じない。クーキーはあきらめて店内を見回していると、チベットらしい素敵なお土産が。。もちろん買わなかったけど。

Filed under: 旅行 — shingo 1:41 AM  Comments (1)

青蔵鉄道で行くチベットの旅 9/23 ツェタン

8:00 剛堅拉薩飯店(Lhasa Gang-Gyan Hotel)を後にし、バスに乗り込み一路ツェタンへ。途中チベット仏教建築の最高傑作として名高いサムエ寺に向かう。約3時間のバス移動でヤルツァンポ川(海抜3600メ―トル)に到着。ここからボートに乗り込みサムエ寺のある川の対岸へ。ヤルツァンポ川はヒマラヤ山脈を迂回し、インドに出て、ブラマフトラ川となり、ガンジス川となって、やがてベンガル湾に流れ出るという。

僕らのツアーメンバーも2隻のボートに乗り込み出発。富士山8合目程の標高を流れる川だけあって、空気が澄んでいるため遠くまで見渡せる。この空の青さは魂を浄化してくれそうな気さえする。


約40分程のクルーズで対岸についた。

ここから小型バスに乗り換え、チベット仏教建築の最高傑作として名高いサムエ寺へ向かう。バスから見える風景はチベット民族の家並み。こんなところにも人々は逞しく生活している。

サムエ寺はソンツェンガンポ王が1300年前に建てた寺院で仏塔の配置が曼荼羅の形態に配置されている。

寺院内にはこのような仏塔が東西南北に配置されていて、それぞれ内部に階段があり登ることができる。それぞれの意味するところはガイドに説明してもらったが覚えていない。

へポリの丘からその地上曼荼羅を眺めることができるということで、早速移動。へポリの丘の麓から登り15分ほどで山の中腹の開けた場所に到着。たったこれだけの高さの丘を登るのにも高所のため息が切れる。ここから眺めると寺院の周囲の外壁などの配置がよく見える。

16:00 下山して再びバスに乗り込み船着場に戻る。高所のためか、日差しの強さのためか頭痛がする。痛みを堪えながら船着場に戻ると、まだ帰りのボートが10分遅れで到着。元来た対岸へ移動し観光バスに乗り換えツェタンのホテルに向かう。

19:00 予定通りTSEDANG HOTELに到着。夕飯はまた中華。

ラサビールを15元で追加オーダー。食後に街に出て土産ものを買いに行ってみたが21:00頃には街中の店が閉店していて何も買えなかった。しかも雨に降られる。ホテルに戻ると旅行のメンバーがホテルのバーで飲んでいたので私も参加させてもらった。

Filed under: 旅行 — shingo 12:11 AM  Comments (0)

青蔵鉄道で行くチベットの旅 9/22 拉薩

9/22 5:30のモーニングコールで起きる。今日は午前中にラサ市内から90kmにあるチベット4大聖湖の一つ、ヤムデュク湖(標高4490m)に向かう。6:00にF1の食堂で朝食をとり、6:30にバスに乗り込んで出発。明け方で外はまだ肌寒い。これから標高の高いところへ向かうので寒さ対策のため厚着した。バスが動き出し市外へ向かう。商店街のなかに偽アップルショップを発見したが写真とれず。

車中で寝てしまったようで、起きると大分田舎まで来ていた。窓からはチベットの山村の風景が見える。こんなところによく人が住めるものだ。どのような暮らしをしてるのか興味が沸くところだ。

ヤムデュク湖までバスで4時間の予定。一本道の田舎道を進むバス、、と突然バスが停車した。ガイドさんが「ここでトイレ休憩をとります。」っと。周りを見ても建物なんてない。「青空トイレになります。男性はバスを降りて左側前方の林、女性は右側後方の畑でお願いします。」 チベット旅行の際は各自トイレットペーパー持参することをお忘れなく。

バスは進み右手に川が見えてきた。向こうには明け方の空に山脈が見える。ニンチンカンサ山(7206m)だ。 石川遼似のチベット人現地ガイド、ツェルンさんが、「あれは、ニンチンカンサ。」と説明してくれていたが、私はずっとニンチンカン山(サン)だと思っていた。
遠くに頭だけ見える雪を頂いた山がニンチンカンサ。

バスはいよいよカンパ・ラ峠を登り始めた。ヘアピンカーブを登り、ヤクが道路を塞いでいるのをクラクションで警戒しながらどんどん登っていく。

9:00 予定より早く目的地ヤムデュク湖に到着。現地語で「トルコ石の湖」という名前が示すとおり、真っ青な湖。

パノラマ写真はこちら

写真を撮っていると、シャンシャンシャンシャンと鈴の音が近づいてくる。観光客向けのヤクが3頭やってきて、崖のふちで撮影していたツアーメイトに体当たりしてきた。危うく崖に落ちそうにだった。この崖のふちはどうやらヤクたちの定位置らしく、そこに誰がいようとお構いなし。人がいるからと躊躇して別の場所に止まるときっとオーナーに叩かれてしまうのだろう。この地に生きるヤクの宿命。
ここでの記念撮影では観光用のヤクが写真に写ってしまうとオーナーから10元払えとしつこく付きまとわれる。でも10元払うとヤクの背中に乗せてくれ、オーナーの帽子まで被せてくれるサービスがついてくる。

15分程度の滞在を終え、再びバスに乗り込みカンパ・ラ峠を下り、ラサ市内に戻って聖地ポタラ宮に向かう。峠を下るバスが路肩にある小屋の前で停車した。運転手が外に降り小屋の主人にホースを借りてバスのタイヤに水をかけ始めた。モクモクと煙が上がり始め車中で待機していた我々の中でも不安でざわめき始める。下り坂でブレーキを掛け過ぎブレーキが熱くなってしまったようだ。モクモク上がる煙は水蒸気だった。

前輪、後輪ともホースで水を掛け再出発。まだまだ下り坂が続くのに水をかけたブレーキで利きが悪くなるんじゃ危険だと思うのは、安全な国日本に住む我々だけのようで、そんな心配をよそにバスは進み続け、昼過ぎにラサ市内に戻ってきた。

ラサでの本日のランチは中華。またです。今日のメニューには、”鶏の開き、半身”がついてきた。一切れつまむと骨ばっていて食べにくい。食べにくいからか、グロいからか、みんな手をつけたがらない。理由はおそらく後者だろう。

13:10 いよいよチベットのシンボル、ポタラ宮を見学。
[Wikipediaより]
13階建て、基部からの総高117m、建築面積にして1万3000㎡という、単体としては世界でも最大級の建築である。宮殿の中の壁画、霊塔、彫刻、塑像など、全体として芸術の宝庫であり、またチベット仏教及びチベットの在来政権における中心的な役割を果たしている。なお、ポタラの名は観音菩薩の住むとされる補陀落のサンスクリット語名「ポタラカ」に由来する。(略)

ポタラ宮の本殿までは300段の石段を登らなければならない。標高3700mで300段は結構きつい。休み休み登らないと、すぐに息があがってしまう。高地にいるんだと実感する。

本殿に到着。ここでもセキュリティチェック。本殿の入り口に下がっている黒い垂れ幕はすべてヤクの毛で編まれている。

15:00 大照寺(ジョカン)へ。大照寺に八角街の中心にある寺。今はお坊さんが60人程住んでいる。

壁画は年季がはいっている。

Filed under: 旅行 — shingo 10:17 AM  Comments (0)

青蔵鉄道で行くチベットの旅 9/21 拉薩

9/21 7:00にモーニングコール、が、5:30に目が覚めてしまった。ベッドの中でもう一度寝ようと試みるも結局眠れず。7:30から食堂で朝食。ラサ第一日目。旅程では、本日はラサの象徴ポタラ宮の見学のはずだったが、団体の入場制限等により翌日に延期に。なので予定変更、ダライ・ラマの離宮ノルブリンカ殿、哲蚌寺(デプン寺)、若い坊主の問答でしられる色拉寺(セラ寺)を見学することに。
9:00 バスでラサ市内を移動しノルブリンカ殿に到着。

ノルブリンカはダライ・ラマ7世によって1755年に建設され、1950年代に中華人民共和国に接収されるまで夏期の離宮として機能した。敷地全体が現在では公園になっており、ラサの人々の憩いの場になっている。ラサ中心地にあるポタラ宮から西へ約3キロ。総面積約36万平米。
エントランスを抜けるとセキュリティ・チェック。X線による持ち物検査をパス。やはりダライ・ラマに縁の深い建物だけに中国政府も神経を尖らせている模様。敷地内を見学していると花畑があちこちにあり、安らぎの施設であることがわかる。入り口の物騒さだけが逆に際立つ。

ダライ・ラマの住まい、「タクテン・ポタン」。

9月だというのにアジサイも咲いていた。

11:00 バスで移動しデプン寺に到着。デプン寺はゲルク派の寺。ラサの西郊5kmのガンポ・ウツェ山の下に位置する。1959年のチベット侵攻以前にはこの寺には15000人もの修行僧があった。 中国の侵攻や文化大革命の中で伽藍は破壊され、僧侶たちも数多く殺害、拘束、追放された。 寺院組織と僧のほとんどは亡命し、南インドカルナータカ州のムンゴッド(Mundgod)のチベット人居留地に本殿・僧坊を再建、5,000人を越える修行僧を擁して活動している。
1980年代以降、チベットに残留した人々によって堂于の一部が修復され、細々と宗教活動を再開しているが、中国政府の弾圧により、現在チベットに住むこの寺の僧は数百人に満たない。そのためほとんど巡礼地や観光地としての役割しか果たしておらず、かつての様な修行の場は取り戻せていない。

山腹から見える山と空。この青、なんということでしょう!

山の岩には仏が描かれている。毎年補修されるという。

デプン寺の寺院の内部は20元払えば写真撮影OKとのことで20元払って撮影開始。この仏様は女性でしょうか、顔がリアル。

寺院の中の照明はバターランプというロウソク?日にちのたったミルクのような独特の臭いがある。

本日の昼食はまた中華料理、「蓉和大酒楼」にて。

15:00 セラ寺に移動。セラ寺はラサ北部に建立されたゲルク派六大寺院のひとつ。1959年のチベット動乱の際に寺院組織と多数の所属僧侶はチベットを脱出、南インドのカルナタカ州マイソール(Mysore)で伽藍を再建し、活動を続けている。ラサ北郊の旧伽藍においても、チベットに残留したもとの所属僧侶を中心として1980年代に僧院の組織が再建され、寺院としての活動が再開された。1982年には全国重点文物保護単位として中国政府から認定を受けた。

駐車場にDiscoveryChannelの取材車が止まっていた。

セラ寺では問答が行われている。問答とはチベット仏教の経典に記されている内容の理解について、僧侶同士で己の解釈を仲間に説くことで理解を深めるというもの。

16:30に見学終了後バスで一時ホテルにもどる。この辺りから日中の強い日差しにより日射病の感がでて頭が痛い。しかし、夕食までの間自由時間ができたので、街を一人で歩き回るチャンス。少々の痛みくらい無理しましょう!ということで、街に繰り出した。
ホテルの前の目抜き通り北京東路を歩き始めると、強烈な匂いを放つ肉屋さんがあった。ヤクの肉だろう、肉にはまだヤクの黒い毛がついている。

通りのはす向かいにバックパッカーご用達のYak Hotel。Kenさんが14年前に泊まったホテルだ。

Kenさんの話によると、ここの掲示板にあの聖山カエラスにむかうランクルをチャーターするための参加者を募る広告が出ているのだそう。今はどうかわからない。

18:50 ホテルのロビーに集合し夕食へ向かう。今夜のディナーはポタラ宮近くのチベット料理店にて。
テュクパ(麺)、モモ(餃子)、バター茶を味わう。テュクパは普通に食べられたが、モモは水餃子風で中に包まれたヤクの肉の臭みがこの調理法だと引き立つようで飲み込むのに苦戦する。バター茶はクセがあり、やはりおいしいとは言えなかった。口直しに普通の茶を頼んで持ってきてもらった。どうやらこの店のポットは普通の茶もバター茶も区別していなく、普通の茶も結局バター茶の味と匂いが染み付いていてすべてのポットからバター茶が出てくる。

夕食後、ポタラ宮のライトアップを見てきた。ポタラ宮の天辺に中国国旗がはためいていた。チベット民族の歴史と伝統と誇りを蹂躙する象徴だ。

21:00過ぎ、ホテルに戻り就寝。。なんて、まだ時間があるので再び街に繰り出し昼間見つけた「Music Bar」に行ってみた。店内は東京都内の隠れ家的バーと遜色なく寛ぎの空間。

Yak Hotelに滞在しているオランダ人とドイツ人のバックパッカーと相席になりおしゃべり。ラサビールで乾杯!普段の生活習慣を取り戻し頭痛が気にならなくなった。彼らの話だと現在個人でのチベット自治区への入区は中国政府によって許可されていないが、2人であればグループという扱いになるとのこと。ただし現地のツアーガイドを自分たちで交渉し雇わないといけない。チベットへのバックパックを希望している若者はぜひ挑戦してもらいたい!

Filed under: 旅行 — shingo 10:17 PM  Comments (0)