カンボジア Tabitha学校再建プロジェクト 2013/11/22

今日はBort Sala小学校のペンキ塗り作業第一日目。ワクワクしていたせいか、早めに起きてしまった。ホテルの部屋のベランダから朝日を眺める。きれいな朝日。さぁ、ペンキ塗るぞー!
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ホテルのレストランで6:40朝食をとり、7:30にバンに乗り込み出発。途中マーケットで飲み物とランチ用のサンドイッチバンを購入。
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予定より遅れ9:00頃にBort Sala小学校に到着。子供たちが列を作り拍手で出迎えてくれた。学校の門から校舎へ通じる道は舗装されていないためぐちゃぐちゃの泥。
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現在の校舎へ案内され、教室の後部のスペースにバッグや手荷物を置かせてもらった。ペンキ塗りの準備のため着替えたりしていると子供たちは僕たち外国人を見て興味津々の様子。この教室は9才のクラス。日本の小学校で言うと3年生にあたるのかな。壁がなくトタン屋根にはところどころ錆びて穴があいている。雨の日はどうするのだろう?休校だろうね。
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9:30 時間がないので早速仕事開始!新校舎はコンクリートでできていて6教室もあり1クラスに30-40人入れる。予想していた建物よりはるかに立派で大きいぞ。僕ら19人で2日間のスケジュールで終わるのかな?スケジュール管理は我々の代表のTobyと、NGOから通訳として従事しているおばちゃん(名前おぼえてない)で進めてもらって、とにかくちゃっちゃかはじめないと終わらないかも。1教室の中に集合して校舎の建築を担当した現地の大工から簡単に説明を受け、おばちゃんが簡単に英訳する。「教室内は白、外側は肌色に塗る、以上。」 ペンキの入ったバケツとローラーが配られ、裏の林から切ってきたであろう長めの枝をローラーに装着。ペンキ塗りスタート。
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各自担当する場所を割り当てたわけではないが、それぞれ散り散りになり、全体的に開始!僕の担当は外側の壁になり肌色ペンキで塗りたくった。ローラーをペンキの入ったバケツに浸し、
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ローラーを壁に押し当てヌリヌリ。一度ではペンキが定着しないため、乾いたところで二度塗り、三度塗りしていく。
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高いところは長めの枝を使って、よいしょー!
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枝がしなるので、高いところはどうしても力が入らない。気温30度近く蒸し暑いカンボジアでのこの作業、大変です。。。
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12:30やっとランチタイム。朝マーケットで買ってきたパンを半分に切ってツナ缶とチーズ、隠し味のTobyのお勧めでポテトチップスやドリトスを挟んで塩味を確保。うーん、どうもこのチップスは日本人の口には合わないようでした。
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カンボジア Tabitha学校再建プロジェクト 2013/11/21

二日目。本日の旅程第一はTuol Sleng Genocide Museum (虐殺犯罪博物館)。クメール・ルージュ支配下のカンボジアにおいて設けられていた政治犯収容所跡だ。
朝から憂鬱な気分になりそうだが、現在のカンボジアを理解する上で必要な歴史の一ページ。
1976年頃から2年9ヶ月の間に14,000~20,000人が収容されたと言われ、そのうち生還できたのは8人(現在身元が分かっているのは7人)のみであった(これまでは7人とされていたが、2007年、別の刑務所に移送されたため生き残った女性1人が名乗り出た)とのこと。
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壁にかかっていた拷問部屋の写真。顔を背けたくなる。
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拷問器具あれこれ。現在の価値観で歴史を判断してはいけないとは思うけど、人はこんなに残酷になれるのかと絶望する。日本でも戦時中はこんなことがあったんだろう。
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滅入った気持ちを振り払いつつ、Tabitha(NGO)の事務局へ行きこれから向かうバタンバン州のBort Sara村に出発するに際し、カンボジア人の文化や習慣についてレクチャーを受ける。
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カンボジアでは、男は男しか触れず、女は女にしか触れないので、西洋文化のように異性間でのハグなどは求めないようにと釘を刺された。また、体の部位で頭は最も神聖なものとされ、小さい子の頭をなでたりすることは決してしないこと、と説明を受けた。ここまでは旅行ガイドブックにも書いてあったので知っていたが、2歳以下の子供を抱きかかえている母親から、子供を抱かせてもらったりすることが西洋ではあるが、ここでは絶対にだめ。一度抱いた子供を母親に戻すことはできないというのだ。抱いた子は、あなたが受け入れた、つまり養子として受け入れたという意味になるという。一通りの説明後、みんなに水と頭に巻くストールが配られた。

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午後のバンでの6時間ドライブ前にランチ。植物生い茂るレストランでしっかり食べとこ!調度は中華風だった。
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ちょっと青臭いココナッツもうまい!
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さて、いよいよこの旅の辛いところ、プノンペンからバタンバンまで約300kmをバンで6時間掛けて移動。GoogleMapでは所要時間が4時間半だが我々は洪水の後ということで少し遠回りするルートを取ったと後で聞いた。
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途中、車内から見えた光景。ここでは車の屋根も座席なのであーる。
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信号がないからいいけど、車の減速時には慣性の法則により彼は前へ吹っ飛ぶだろう。
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道中、APACメンバーそれぞれの国についての歴史や文化について、社長のトークで盛り上がり、暫しの歓談。社長の博学さと語彙の豊富さに感銘を受けた。こういう人がトップに居る組織はいいなと思う。

都市部を離れだんだんと風景が変わってきた。この湖は左手側にあったのでトンレサップ湖ではないはずだ。地図には左手側に湖はない。もしかして先の洪水でできた沼??だったり。
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見渡す限りの田んぼ。カンボジアは平坦な国土である。
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日が暮れ、みんな疲れて口数が少なくなった頃、田園風景が徐々に街に変わってきた。看板にはBattanbangという文字が見えてきた。夜8時ようやく、今夜の宿に到着。はぁー、くたびれたー!
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チェックインを済ませ、食堂へ集合。待ってました、Angkor Beer! 二日目終了。明日はいよいよBort Saraでの作業が待っている。
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ケニア TUSK Safaricom Marathon 2012 6/30

マラソン当日。4:00 起床してレースの準備。不安のある右膝にテーピングを巻く。5:00に早めの朝食をとって6:00にはレース会場に向けて出発。
6:30には会場到着。車を出ると非常に寒い。赤道直下といえども海抜1600mの朝はぐっと冷えている。7:00にKids Runのスタート、大人の部はハーフ・フルともに7:15から。

ヘリコプターが低空で飛び続けている。マラソンコースから危険動物たちを追いやるために低空で何度も何度も往復して飛んでいる。

ウォームアップをして体を温めながらスタート時間を待つ。スタートラインの近くでみんなで写真を取り合った。

そうこうしているうちにスタートの合図が・・・ 慌ててカメラをセットして最後尾からのスタートになっちゃった。

最後尾からだからなかなか前に進めない。2kmを過ぎたころから列が徐々に長くなり前に出やすくなったので、すこしペースアップ。周りを見渡すとサファリがどこまでも広がっている。時々ヘリコプターが野生動物を追い払うために低空で飛んでくる。楽しいー!!

給水所では真っ赤なローブを身に纏ったマサイ族が水を配っている。

マラソンコースの沿道で応援してくれる人たち、こういうの本当に励みになるんだよねー。ありがたい。

17km を越えたあたり。景色が変わってきた。画像がブレていて見づらい。アキバで買ったカメラで撮影したんだけど振動に弱いんだね。
この後すぐにフルマラソン1位の選手に抜かれる。もちろんケニア・ナショナルチームのマラソン選手。こんな環境で普段からトレーニングしているんだから、国際大会で上位は当たり前か。

楽しいレースもいよいよ大詰め。ハーフマラソンは何度か走ったことがあるけどゴールしたくないと感じるレースは初めて。かといってこの環境でフルマラソンを走る勇気もない。(翌日から登山の計画もあり、ひざを温存したかった)気になっていたひざの痛みもテーピングのおかげか痛みは出でなかった。記録は02:44とかなり遅いけど、まー、レースを楽しむためにゆっくり走ったのでこれでいい、と強がってみる。ゴールラインには先にゴールしていたメンバーが待っていてくれて、みんなで健闘を称え合った。

各自それぞれの車に乗りMaridadi Campに戻りみんなでランチ。ハァー、なんか達成感を感じる。TuskBeerで乾杯!
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第50回NHK杯 体操男子

第50回NHK杯 体操が6/11,12の2日間、国立代々木競技場第一体育館で催された。近くなので12日の第2日目の試合を見に行ってきた。やはり注目は内村航平。でもテレビクルーは彼だけをフィーチャーし過ぎてて他の選手が可愛そう。特に内村とライバルといわれている力強い演技に定評のある山室光史選手。NHKさん、もっと彼の演技にもフォーカスしてあげて。私が現役の頃(彼是16年前のことになるか。。)は、もっと色んな選手の演技を放送してたと思う。NHKもすっかり民報化したってことですね。
久しぶりに体操を見たけど、また一段とレベルが上がって、もう努力を重ねても太刀打ちできないほど天性の素質に恵まれた選手じゃないと選抜に残れないシビアな時代になったと感じた。

2006年から実施された採点方法の変更により、A得点(技の難易度や構成の評価)を意識するあまり、床では得点を稼ぐため前方系の小技が連発されるようになり、後方系のダイナミックな技を行う選手が居なくなったのは残念に思えた。それが男子体操の魅力の一つだったはずなのに。鞍馬、つり輪、平行棒に関しては、私が現役の頃のスター選手(西川、池谷の清風コンビ、田中光、畠田好章、塚原直也)の演技と大差は無いようだった。跳馬のように器具自体が変わらない限り、これらの種目はすでに人間の能力の極限に達してしまっている感がある。鉄棒だけはまだ伸びシロがありそう。私が現役の頃は
ゲイロード(バーを越えながら 前方抱え込み宙返り懸垂)
や、伸身トカチェフ(伸身背面とび越し懸垂)を制したものが勇者だった頃と違い、今はコールマン(バーを越えながら 後方抱え込み2回宙返り1回ひねり懸垂)

が主流。コバチ(バーを越えながら 後方抱え込み2回宙返り懸垂)でさえ、そんな技できる選手は信じられないと言われていたのに、今はそれにひねりを加える時代。そんな時代に現役でないことが幸運にも思えてくる。コールマンを行う選手はたくさんいたけど中にはひねりが遅く、バーを掴みにいくのが遅い選手がいた。そういうのみるとこちらが「ああー、大丈夫かぁ?」とヒヤヒヤして心臓に悪いので、是非ひねりを速くしてもらいたいものだ。

Filed under: イベント — shingo 12:31 AM  Comments (0)

Oxfam Trail Walker 100km 2011に参加2

CP1阿弥陀時(9km)に到着し、CP2箱根芦之湯フラワーセンター(9km)を目指す。まだ序盤なのに山道の上りは相当きつい。ハァハァ息が切れる。バックパックの水タンクからチューブで水分補給できるハイドレーターが役に立つ。

CP2箱根芦之湯フラワーセンター(9km)。もうこの辺から膝に巻いたテーピングが皮膚を引っ張り足を上げるのが苦痛になってきた。

CP3県立恩賜箱根公園(5.5km)についたとき、チェックポイントに設置されていた赤十字センターに歩み寄り、急いでテーピングを剥がした。長時間貼っていたのと、学生時代から15年近く経った今では皮膚が弱くなっていたせいもあり、テーピングに皮膚が張り付き皮膚ごと剥がれてきた。その痛いこと痛いこと(地味に)。粘着成分を弱くさせるためテーピングを水で湿らせたけど、あまり効果あがらず。隣にいた外人さんがオイルを塗ると剥がしやすくなるんじゃないっとアドバイス。そこで急いでサポートクルーにオイルを買いにいってもらった。オイルを待っている間に、赤十字の人が、チェックポイントで栄養補給のために無料で配っているバナナの皮を入れるゴミ袋から、バナナの皮を拾ってきてテーピングに塗り始めた。衛生上どうなのっという懸念はあったが背に腹は変えられないのでそのまま続行。これが意外と項を奏して右足の方は比較的スムーズにテーピング剥がれた。

生剥けした傷あとにサポートクルーが偶々もっていた手術用の絆創膏(ガーゼ一体型)をはりテープで固定。このままでは歩くとズボンとこすれて剥がれてしまうので、赤十字の人が女性用のストッキングがいいと提案、サポートクルーに買いに行ってもらった。

ストッキングを履くのは事実上初めての経験で、靴下のように履こうとしたら上まで上がってこない。はじめにつま先部までクルクルしてから履くらしい。LLサイズにもかかわらず私の足には小さすぎ両足で履くことが出来なかった。お股のところで切って左右二つにして履くことに。

この間、ずっと待っていてくれたチームメイトに感謝。

そのときの傷がこれ。テーピングには気をつけよう!